あやかし秘抄 序話(1)


序話「いろりばた」

 愛媛県南東の山あい。
 コンビニもなく、ハンバーガーチェーンもない、ただ雑木が生い茂る無人の地に、ポツンと茅葺(かやぶ)きの大きな家が建ったのは去年の暮れのことである。

 住み始めたのは、若く美しい夫婦だというので、好奇心に駆られた近隣の住民たちは、引越し祝いの酒や野菜を車に積んで、あいさつにと出かけた。
 噂は本当で、ふたりはまだ二十歳を幾つも出ていないように見えた。
 妻は幼い子どもたちをあやしながら、けなげに家の中をきりもりし、夫は慣れた手つきで薪を割り、畑を耕していた。

 いったいどうして、こんな人里離れた場所へという疑問を口にすると、無口な夫はうっすら笑み、ひとこと「故郷ですから」と答えた。
 「そんなバカな」と、住民たちはいぶかった。
 今から四百年以上も前の戦国時代、ここには矢上郷という村があったが、戦に巻き込まれ、村人たちは皆殺しになったと聞いている。
 それ以来、獣も通わぬ呪われた土地となったはずだ。
 そういう目で見ると、彼らはどこか現代から切り離された、不思議な気配をまとっているように思える。
 ――まるで四百年前の矢上郷から時を越えて来たような。

 数ヶ月ほどすると、茅葺き家のあたりは少しずつ人が増え始めた。
 離れが建ち、テレビから抜け出てきたような派手な茶髪の男が住み着いた。庭では真っ白な犬が走り回って、よちよち歩きの赤ん坊とたわむれ……。

「こら、犬ではないわい。狐じゃ」
 平安生まれの白狐、草薙(くさなぎ)は、ふさふさの尻尾を振りたてると、縁側で昼寝をしている小太郎のそばにうずくまった。
「やっと、どうにか恰好がつきましたね」
 茶髪の僧侶、久下尚人(くげなおと)は、家の中を見渡して、思い切り深呼吸した。
 古い風情の造りながら、木の香りがすがすがしい。


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