あやかし秘抄 序話(3)


 矢上家の当主、矢上統馬。その妻、詩乃。
 ふたりの間にいるのは、長男の小太郎と、次男の藤次郎。
 所長の久下、白狐の草薙。
 そして、矢萩龍二と鷹泉孝子。
「矢上村の再建は、まだ始まったばかりだ」
 統馬は厳しいまなざしで、一同を見渡す。
「夜叉追いを守り育て、ここを、長く続く夜叉との戦いの根城(ねじろ)とする。何十年、何百年の仕事だ」
 彼らは、それを聞いて大きくうなずく。
「これからも、力を合わせてがんばりましょう」

 にぎやかな夕餉が終わり、ほうじ茶やハーブティーを手に、思い思いにくつろいでいたとき、孝子が提案をした。
「せっかく、久しぶりにみんな集まったのだもの。秋の夜長にふさわしい話をしない?」
「話? 恋バナは嫌だぜ」
「そうじゃなくて、夜叉の話よ。今までに出会った中で、一番いとしい夜叉の話」
「いとしい?」
 孝子の無邪気な提案に、夜叉追いたちは、けげんそうに顔を見合わせた。

 夜叉とは、人の魂を食らう、おそろしい化け物だ。
 夜叉追いは、彼らを調伏(ちょうぶく)することを、なりわいとしている者たち。仮そめにも、敵を「いとしい」と呼ぶことには、抵抗がある。
「相手憎しだけでは、戦いは勝てないものよ。敵を知るためには、時には深い情けをもって見ることも、また必要」
「さすが、孝子さん」
 詩乃は、いたく感じ入っている。
「私もそう思うわ。憎むことからは何も生まれない。相手を憎むことは、自分を憎むことにつながるから」
「まあいいけど、じゃあ誰から最初に話す?」
 彼らはまた、互いを見渡した。
 四百年の時を生き、あるいは転生を繰り返してきた、つわものぞろいである。話のタネに事欠くことはなさそうだ。

 幼子たちは、母の膝ですやすやと寝息を立て始めた。
 いろりばたで、長く静かな夜が始まる。
 

(序話終 ―― 第一話「しの」へ続く)

次へ 前へ TOP