あやかし秘抄 第一話(1)


第一話「しの」

「それじゃ、私から話す」
 いろりの火がパチと爆ぜたのが合図だったかのように、詩乃が口を開いた。
「この子たちが、いつぐずりだすかわからないから。先に順番を回してもらったほうがいいと思うの」
 そう言って、膝でうとうと眠っている息子たちの少し汗ばんだ額を、そっとなでる。
「詩乃さんのことだから、さぞや面白い話でしょうね」
「皆さんが聞いて面白いかどうか、わかりませんけど」
 そう言ってくすりと笑い、詩乃は隣の夫を意味ありげに見た。
「統馬くんが、寝言で『しの』と呼んだお話なの」
「なんだ、ノロケかよ」
 龍二は不満げに口をとがらしたが、はっと気づいた。
「もしかして、それって『詩乃』じゃなくて――」
「そう、『信野』さんのこと」
 統馬はいたたまれなくなり、いろりばたから立ち上がった。
「どこへ行く」
「牛の様子を見てくる」
「30分ほど前に、僕が見てきたばかりですよ」
 居並ぶ一同は、にたりと意地悪な笑みを浮かべる。一族の総領である統馬も、こういうときは何の威厳もない。
 信野とは、統馬の最初の妻の名前だ。兄と通じて自分を裏切り、彼の一族を滅びに追いやったも同然の女性。
 統馬は、彼女と同じ名を持つ詩乃に出会い、ようやく果てしない愛憎と心の痛みから癒されたのだった。その彼が、夢の中とは言え、なぜ信野の名前を呼ぶのか。
 統馬は、いぐさ細工の円座にふたたび腰をおろすと、仏頂面で火箸を取り、炭をかき立て始めた。勢いを取り戻した赤銅色の炎に照らされて、詩乃は静かに話し始める。
 

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