あやかし秘抄 第一話(6)


 話を聞くと、何のことはない。
「北浜シュウジさんに取り憑いていた夜叉は、彼本人ではなく、奥さんの魂を食らっていたんだ」
 人の苦しみや邪悪な思いを、みずからの糧とするのが夜叉というものである。
「男の魂よりは、女の魂のほうがずっと美味だからな」
 統馬は、平然とおそろしいことを言った。
 夜叉は、シュウジを操って昔の恋人の名を呼ばせ、ヒロコの嫉妬を引き起こすように仕向けたのだという。
「あの場で調伏するのは危険だった。夜叉にすでに食われかけていたヒロコさんの魂の一部が、衝撃でこわれる恐れがある」
「それで、とっさに自分の体内に夜叉を吸い込んだのね。道理で、あっという間に終わったと思ったわ」
 夜叉を北浜夫妻から完全に引き離したことを確かめると、統馬はわざと夜叉の術にかかったふりをして、「信野」の名を呼んだ。
 嫉妬に駆られた詩乃の魂を食らおうと、夜叉が飛び出る絶好のチャンスをうかがっていたのだ。
「でも、それってひどい」
 詩乃は、気持のおさまりがつかない。
「私が嫉妬するのを、期待していたってことでしょ」
 愛する人に醜い心の中を見られたという恥ずかしさに、いたたまれない。
 統馬は、詩乃の両の頬を手ではさむと、ぐいと自分のほうに引き寄せた。
 そして、唇を重ねる直前に、ささやいた。
「俺には、そういう女のほうが美味なんだ」



(一話終 ―― 二話「ぼとる」へ続く)


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