あやかし秘抄 第二話(2)


「目を開けると、位置が全部変わっているんですよ」
 興奮してまくしたてる男のことばに、龍二は呆気に取られた。
「シャンプーとコンディショナーのボトルが?」
「ボディーソープもです!」
 バスルームの壁にしつらえられた棚。そこに順番に並べてあるはずのシャンプーとコンディショナーとボディソープのポンプボトルが、髪を洗い終わって目を開けると、全部入れ替わっているのだという。
 そんなことで大の男がびびって、風呂に入れなくなったと心霊調査事務所に相談に来るというのも、どんなもんだろう。思わずツッコミたくなるが、そこはそれ、商売だ。
 このところ手元不如意で、デート代にも事欠くありさまなのだ。
 にっこりと愛想よくほほえむ。
「それで、お客様は、『ポルターガイスト現象』ではないかとおっしゃるんですね」
「それ以外、考えられます?」
 騒霊現象、ドイツ語でポルターガイストは、建物の中で物体が移動したり、飛んだりする現象である。ときには、大きな音をともなう。
「『ポルターガイスト』は、古くから霊のしわざであるとされていましたが、最近では、ある特定の周波の振動が原因だとも言われています」
「あんた、心霊事務所の人間のくせに、霊を否定するわけ」
 客の男は不満げだ。
「もちろん、否定はしません。ただ、あらゆる可能性を探っておきたいのです」
 久下心霊調査事務所に来る相談で、およそ八割はガセネタなのだ。思い違い、いたずらが圧倒的に多い。それでも事務所を訪れる人が年々増えているのは、不安な時代なんだろうなと、龍二は思う。
 とりあえず、依頼者の与田という男のマンションに、行ってみることにした。
 玄関を入る前に周囲をぐるりと一周し、何も問題がないことを確める。一度なんかは、違法建築によって極端に家の土台が傾いていて、部屋の中のものが移動するというのもあったっけ。


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