あやかし秘抄 第二話(5)


「けどな」
 龍二は立ち止まり、幽霊の頭をぽんぽんと叩いた。もちろん仕草だけで、本当に触れるわけではない。
「そういうことを続けてたら、あんたはいつか、おせっかいな幽霊だけじゃすまなくなる。髪の毛に異常な執着を持つ夜叉になってしまうんだぜ」
「……ごめんなさい」
「わかったら、早いとこ成仏するんだな。行き方がわからなければ、知ってる奴を紹介してやる」
「うん」
 しばらく歩くと、龍二はまた振り向いた。「まだついてくるのかよ」
「だって、あなたの髪の毛、とっても長くてぼさぼさで、洗いがいがありそう」
「げっ。俺の髪にまで、ちょっかい出す気かよ」
「一度でいいから、洗うの手伝わせて。そしたら、成仏するから」
 龍二は肩をすくめた。「ま、それくらいならいいか」
 ふたたび幽霊連れで夜道を歩き始める。
「よく見ると、あなたっていい男ね」
「言っておくが、俺は幽霊とレンアイするつもりはないぞ」
 龍二はすばやく釘をさした。「恋人は、生身がいいに決まってる」
「そうなの」
「知り合いで、幽霊と恋愛してる刑事がいるが、あれは大変だ」
 女の幽霊はそれを聞いて、たいそうがっかりした様子だった。少しかわいそうだが、幽霊に情を移してはいけない。情を移すと、相手も次の世界に行けないし、自分も彼らのほうに取り込まれるのだ。
 アパートに帰ると、龍二はさっそく風呂の支度をした。輪ゴムでくくっていた髪をほどく。もちろん自信があるので、海水パンツなど履かない。
 女幽霊がそばにいるのを感じながら、風呂桶一杯のお湯で、丁寧に体を洗い、ついでに髪も湿らせる。四国人は水の使い方がうまいのだ。
「ああっ」
 彼女の悲鳴で、はっと我に返る。彼がシャンプーだと思ってつかんだボトルは、なんとコンディショナーだった。
「やっぱり、しばらくここにいることにしたわ」
 勝ち誇ったような宣言に、龍二は文字通り頭をかかえた。

(二話終 ―― 三話「すずめ」へ続く) 


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