あやかし秘抄 第三話(8)


「でも、あたしは」
 ゆっくりと、遊女は身を起こした。「ふたりも人を殺したのね」
「おまえだけのせいではない。三人ともが夜叉に操られていたのだ」
 その声には、今までにはなかった、かすかな温もりが含まれているようだった。
「それに、おまえは無意識のうちに自分の罪を悔い、神仏に救いを求めた。わざわざ鎌倉の放生会(ほうじょうえ)に来る道を選んだのは、自分が奪った命の供養のためだったのだろう」
「それでも」
 桔梗は悲しげにほほえんだ。「あたし今から江戸に戻って、吉原の自身番(じしんばん)にすべてを話します」
「おまえは、もう死んだことになっている。何を申し出ても、水戸藩がもみ消すだろう。すべては闇に葬られ、明かされることはない。もし罪を償うつもりがあるなら、ほかの方法で償え」
「いいえ」
 彼女は首を振った。
「遊女として生きてきたあたしは、やっぱり外では生きられないの。牢に入ろうと、打ち首になろうと、ひとりで生きるよりはまし」
 男はそれ以上何も言わず、目を伏せた。
 すべてをあきらめることを知っている者同士の、せめてもの労わりだった。
 桔梗は空を見上げた。心は穏やかに澄んでいる。絶対に手に入れられぬとわかっているからこそ、心底からあこがれた場所。
 あたしは、あの広い世界では生きていけない。
 ――篭の中で生きることに馴らされてしまい、何度空に放たれても、戻ってくる雀のように。




(三話終 ―― 四話「はつこい」へ続く) 

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