あやかし秘抄 第四話(1)


第四話「はつこい」

「で、桔梗はどうなったんだ」
「吉原に戻ったよ」
 草薙は、金色の目をぱちぱちと瞬かせた。
「生きていくことに、すっかり臆病になってしまったんじゃな。自身番に、ふたりを殺しましたと届けたが、やはり相手にしてもらえなんだ。しかたなく、『火焔玉屋』に戻り、頭を下げた。火事騒ぎの隙に、魔が差して逃げ出しましたと」
「逃亡した遊女を、妓楼はあっさり赦したの?」
 孝子が問うと、草薙は首を横に振った。
「男衆の、それはそれはひどい拷問が待っておった。だが、そこは統馬がうまく場を治めてのう」
「男衆を、ぼっこぼこにしたのね」
 いつのまに子どもたちを寝かしつけたのか、詩乃が戻ってきた。二杯目の急須に鉄瓶のお湯をシュポシュポと注ぐ。「統馬くんは、やさしいから」
 その言葉に微量のトゲを感じ、統馬は気まずそうに身じろぎした。
「それから桔梗は遊女として、歳を取ってからは奥の女中頭として、死ぬまで『火焔玉屋』で暮らしたのじゃ」
 突然、久下が「あっ」と大きな声を出した。
「僕が幕末に生きていたころ、『火焔玉屋』に行ったことがありました。裏口で手引きをしてくれたお婆さん――あの方が桔梗さんだったのですね」
 草薙はこっくりとうなずいた。
「そのエピソードは、『満賢の魔鏡』第二話に出ておるぞ」
「誰に向かって、言ってるんですか」
 一同が熱いお茶でほっと一息つくと、孝子が口を開いた。
「じゃあ私もつられて、昔々の話でもしましょうか」

 孝子が生まれたのは、太平洋戦争で焦土と化した日本が、ようやく傷から癒えて立ち上がろうとしていたときだった。


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