あやかし秘抄 第四話(2)


 曽祖父と祖父が貴族院議員を務めた鷹泉(ようぜん)伯爵家は、戦後の財閥解体と農地解放でほとんどの財産を失い、駒込の屋敷とわずかな土地を残されるにとどまった。
 しかし、生来の気性ゆえか、父は家の没落を意に介することもなく、大学教授としての俸給に満足していた。
 母は、日々の切り盛りにたいそう苦労したに違いないが、そんな苦労は素振りにも見せない、しっかりした女性だった。
 駒込の屋敷の生垣を越えた向こうに、こじんまりとした洋館があり、孝子の大叔母にあたる鷹泉董子(ようぜんとうこ)がひとりで住んでいた。
 董子は当時すでに60歳を越えていた。立ち居振る舞いもきりりとした、白髪の美しい人だった。
 若い頃に勘当され、赦されて戻るまでは夜叉を追う旅の連続だったという。
 女の身で、ひとところに住めぬ日々は、どれほど辛かったか。孝子は一度問うたことがあるが、大叔母は微笑むだけだった。

 孝子が統馬と最初に会ったのは、いったいいつだったか。
 もの心ついたころ、孝子は董子の手に引かれて歩いていた。
 あたり一面に、バラが咲き乱れていたことを覚えている。
「統馬。この子が、私の姪孫(てっそん)の孝子です」
「そうか」
 声だけは聞こえるのに、その姿は見えない。あいまいで不思議な記憶だった。
 二度目は、五歳のとき。
 夕闇のせまる頃、董子の館で、習い覚えた足踏みオルガンを弾いていた。
 ふと話し声が聞こえて指を止めると、董子は部屋の片隅で、誰かと話していた。
 窓が開き、沈丁花の香りが濃く漂っていた。孝子がそっと近寄っていくと、大叔母の背中越しに、一瞬だけ彼と目が合った。


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