あやかし秘抄 第五話(1)


第五話「こくいん(刻印)」

「さぶっ」
 長い夜が過ぎたあと、龍二は大あくびをしながら戸外に出てきて、寒さに首をすくめた。
 重い瞼を持ち上げて、あたりを見渡す。
 矢上家の敷地は広い。
 龍二が昨晩泊まった離れと、母屋とのあいだには、納屋、家畜小屋と鶏小屋。屋根つきのカーポートなどが点在し、母屋の向こうには立派な畑がある。
 さらに周囲は無人の藪や林なので、その気であれば、いくらでも家を建て増すこともできよう。
 そうなれば、家というよりは村だ。
 四百年前に実在したという「矢上村」が、ここに再現されつつあるのだ。
 統馬が家畜小屋から出てきて、中庭を横切ろうとしている。寝起きで足元もおぼつかない龍二と異なり、もうすでに一仕事も二仕事も終えた、張りのある動きだった。
 初冬の冷え込みの中、Tシャツ一枚でなお上気するたくましい体。男としてのあまりの差に、一瞬がく然とする。
「三時から起きて護国法の真言を唱え、家畜の世話に畑仕事。正直、すごいと思うよ」
 龍二の声には、隠そうとしても、やっかみの響きが混じる。
 統馬は足を止め、向きを変えて近づいてきた。わらを均すための鋤を地面に下ろし、うっすらと笑う。
「ゆうべは楽しかったか」
「まったく、あいつらは、筋金入りのおしゃべりだな」
 龍二は吐息をついた。「明け方まで大盛り上がりだったんだが、久下さんも草薙も、ひとつの話がやたら長いったら。結局、肝心のことは聞けずじまいだよ」
「それはよかった」
「ちっ。なんとかして、あんたの尻尾を掴んでみたかったんだがな」
「尻尾など持った覚えはない」
 薪にするために積まれている雑木の上に、ふたりはどちらともなく腰かけた。


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