あやかし秘抄 第五話(2)


「いて」
 頭を軽くはたかれた感触がして、びっくりして目を見開いた。
 統馬が拳を口に当て、笑いをこらえている。
「この阿呆め。もう一度見てみろ」
 と、ふたたび掌を突き出した。
「きのう、いろりの灰を掻くとき、間違って焼けた火箸を掌に当ててしまった」
 そう言われてよく見ると、夜叉の刻印だったはずのものが、ただの火傷のあとにしか見えない。
「なんだ、そうだったのか」
 龍二は、へなへなと材木の上に座りこんだ。
 母屋のほうから風に乗って、統馬と詩乃のふたりの息子、小太郎と藤次郎の甲高い笑い声が聞こえてくる。
 そして、詩乃や孝子のおしゃべりも。
 それはとても平和で、心満ち足らせる音だった。
「俺には、おまえたちの生に責任を取る資格はない」
 統馬は、家の屋根を見つめながら、つぶやくように言った。
「俺にできることは、ただこの暮らしを守ることだけ。おまえたちを、家族として愛しむことだけだ」
「家族――?」
「おまえも、俺の家族だろう?」
 統馬が振り返り、温かく笑う。「矢上家と矢萩家の総領。互いに助け合うべき血の縁(えにし)だ」
 その笑顔を見て、龍二は鼻の下を照れくさげにこすった。
「矢萩家の総領か。へへっ。それ、いい響きだな」
 そして、弾かれたように立ち上がり、母屋に向かって駆け出した。「腹減った。今日の朝飯は何かな」
 龍二の姿が中庭から消えたあと、統馬はしばらく、雑木の上に落ちる影のように身じろぎもせず腰かけていた。
 離れから久下と草薙が現われた。草薙はぴょんと統馬の肩に飛び移ると、白い尻尾をふわりと揺らした。
「あやうく、バレるところじゃったな」
「ああ」
 統馬は、結んでいた掌を開くと、じっと見つめた。
 そこには、先ほどの火傷のあとはない。凶の刻印は一瞬白く光ると、皮膚に沈み込むように消えていった。

(五話終 ―― 六話「きょうしつ」へ続く)

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