あやかし秘抄 第七話(2)


「まだ言ってる」
 詩乃はくすくす笑いながら、煎茶といっしょに、お土産の安倍川餅の小皿をひとりひとりに回した。
 孝子がうんうんとうなずく。
「東京の事務所でも、茶飲み話って言えば、そればっかりだったわよねえ」
「で、結局のところはどうなんだ?」
「ほんとに、みなさん懲りない人たちですね」
 久下は、はあっと大きなため息をついて、湯呑みを膝の前に置いた。
「かと言って、話さないと、いつまでも納得しそうもないし。――いいですか、統馬?」
「勝手にしろ」
 統馬は、囲炉裏の火を掻き立てていた火箸をグサッと灰の中に突き刺すと、元どおり円座に胡坐をかき、ふきげんそうに腕組みをして目を閉じてしまった。
 幼い藤次郎は、父の膝にさっと顎を乗せ、この世で一番すばらしい場所を確保した。
 遅れをとった兄の小太郎は、しかたなく反対側に回り、父の綿入れのすそを小さな手できゅっと握る。
「それでは、みなさんの知りたいことをお話しもうしあげましょう」
 居住まいを正して、凛と口を開いた久下は、いつもの久下尚人でありながら、別人だった。
 そこにいたのは、明治末期から昭和初期までを生きた華族の女性――鷹泉董子だったのである。
「一度だけ、ございました。慈恵という僧侶の記憶を持ったまま転生を重ねるわたしが、一度だけ御仏から賜った自分の使命を捨て、統馬の腕の中で忘我の境地にたゆたったことが」


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