あやかし秘抄 第八話(1)


第八話「きゃらめる」

 詩乃は、取り替えたばかりの藤次郎のおしめを、勝手口の外のたらいの水に浸けて戻ってきた。
 子どもたちの寝ている部屋のふすまからうっすらとした光が漏れ、子どもたちの布団のそばで統馬があぐらをかいて座っていた。
 夫と妻は、おだやかな視線を交わした。
「よく寝ているな」
「小太郎も、みんなの話を最後まで聞くんだって、がんばっていたんだけどね。とうとう矢折れ刀尽きたみたい」
 眠りを妨げないように、声をひそめて笑う。詩乃は夫の横に座り、きゅっと彼の着物の袖をつかんだ。
「久下の話を気にしているのか」
「ううん、どうして?」
「機嫌があまり良くない」
 統馬は彼女の肩を抱いて、自分のほうに引き寄せる。
「あいつの話に他意はない。董子と俺の間には生涯、何もなかったと言いたいだけだ」
「ううん。そんなことを怒ってるわけではないの」
 統馬の腕の中で、詩乃はくぐもった声でつぶやいた。「ただ……このごろ、無性に不安なの」
「不安?」
「統馬くんが、ひとりでどこかに行ってしまいそうで」
「俺が、どこにも行くわけないだろう」
「でも、手のひらに、また何か隠してる」
 統馬は思わず、妻の顔を見下ろした。詩乃は、少しさびしげに笑う。「私を誰だと思ってるの。あなたの奥さんだよ」
「何も隠してなどいない」
「それに、霊力を使うと、目が白く光るのが見えるときがある」
 白い瞳をもっていたのは、夜叉八将のひとり半遮羅(はんしゃら)だ。
 夜叉八将とは、毘沙門天直属の八人の夜叉。統馬はそのひとり、半遮羅として四百年生きてきたのだ。だが、それらはすべて調伏され、すでに地上には存在しないはず。
「何かの見間違いだ」
 統馬は、かたくなに否定し続けた。
「俺は、もう人間だ。子を成し、おまえといっしょに歳を重ね、やがて死ぬべき人間だ」


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