あやかし秘抄 第八話(2)


 詩乃は、ため息をつき、統馬から体を離して、なにごともなかったようににっこり笑った。
「お風呂の加減を見てくる。孝子さんから順番に入ってもらうからね」
 妻が部屋を出て行ったあと、統馬は唇を噛みしめてうなだれた。
 そのとき、ぐっすり寝ていたはずの上の子が、布団の中からまっすぐ彼を見つめているのに気づいた。両親の声で目を覚ましたのだろう。
「小太郎。起こしてしまったか」
「もう、朝?」
「まだ夜だ」
 眠そうに目をこすりながら、息子は心配そうな声をあげた。「たかこさんや、かんばやし先生、もう、みんな帰っちゃった?」
「いや、まだだ。もう一晩泊って、帰るのは明日の夕方になる」
「よかったあ」
 小太郎はもぞもぞと身を乗り出し、統馬の膝の上にうつぶせた。藤次郎が起きているときは兄としてじっと我慢するが、本当は誰よりも父の膝枕を独占したいのだ。
 統馬は、息子の肩まで暖かい掛け布団を引き上げ、ぽんぽんとあやすように叩いた。
「安心して、もう一度寝なさい」
「……父上」
「なんだ」
「ボクも、みんなみたいにお話ししたい――《やしゃ》のお話」
「ほう?」
 小さいながらも矢上家の跡取りだ。霊を感じ取る力は、すでに備わっているのかもしれない。ときどき、じっと天井を見つめ、『ふわふわがうごいてる』と言うことがある。人の営みのにぎやかさに引かれてやってきた霊たちが見えているらしい。
 統馬は笑みをこぼし、息子の頭をなでた。
「わかった。ここで聞いてやろう」
「あのね。キャラメルを買ってもらったの」
 まだ四歳の誕生日を迎えていない小太郎の話は、お世辞にも分かりやすいとはいえない。後で囲炉裏ばたに戻ったときに、妻の話と付き合わせて、統馬はようやく事の驚くべき真相に至ったのだった。


次へ 前へ TOP