あやかし秘抄 第八話(4)


 なぜ、こんなところにしゃがみこんでいるのだろう。お母さんはどこなのかな。聞きたいことはたくさんあったが、ことばにはならない。
 もしかして、お腹が空いて動けないのかな。
「ねえ、キャラメル食べる?」
 もちろん、『レジ』というところを通ってからでなければ食べてはいけないと、強く言い聞かされている。
 新しい友人は、小太郎の見せたキャラメルの箱を見て、少し顔を上げ、こっくりとうなずいた。無表情だった大きな眼に、わずかにうれしそうな光が宿った。
「わかった、ちょっと待ってて」
 小太郎は、一目散に駆け出した。買い物客のあいだを器用にすり抜けて、乾物売り場であれこれと商品を品定めしている母親をようやく発見して、飛びついた。
「母上! はやくはやく。レジにいこう」
「まあ、ちょっと待ってよ」
「小太郎。母上をせかしてはならんぞ」
 草薙も、藤次郎のベビーカーの屋根から声をかけた。「一か月、ご飯をふりかけなしで過ごすのは、いやじゃろう」
 それに深く同意した小太郎は、うずうずと体をよじりながら、母親の買い物が終わるのをしんぼう強く待った。
 ついに、レジを通る時がやってきた。店員からキャラメルに黄色のテープを貼ってもらうと、また一目散に走り出した。
 野菜売り場のワゴンのそばで、さっきの少年はじっとうずくまったままだった。
 小太郎はキャラメルの箱をもどかしく開けると、キャラメルをひとつ取り出して、「はい」と渡した。
 それを手のひらに乗せたきり、男の子はじっと見つめている。きっと藤次郎と同じで、キャラメルの紙の剥き方を知らないのだ。


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