インビジブル・ラブ(1)


 うらぶれた街のうらぶれた路地で、俺は死んだ。
 待ち合わせている女が、その日に限って時間に遅れた。要求した200万円、耳をそろえて持って来る約束だった。
 舌打ちをし、携帯を取り出そうとコートのポケットをさぐっているとき、背中に激痛が走った。
 ビル工事の鉄材が落ちてきて背中に当たったのかと錯覚するような、強い衝撃。鋭い刃物が体内に差し込まれただなんて、思いもしない。わけがわからないまま、ただ噴き出す血がぬめぬめと暖かかった。
 即死ではないにしても、あっと言う間の死だったろう。
 そのわずかな時間に俺は何かを考えたように思う。
 何をかって?
 普通の男は、息を引き取る間際に何を考えるものだろうな。
 愛する彼女か。家族のことか。
 少なくとも俺の場合は、思い浮かべるものは何もなかった。俺のことを待ってくれているのは、せいぜい刑務所。
 後悔というのも有りだろうな。
 もっとまともな生き方をすればよかったとか、もっと綺麗な女を抱いておけばよかった、とか。
 あるいは自分の罪深さにおののく? 地獄を恐れてお経を唱える?
 どれも違った。
 犯人は誰だろう、とか。……ああ、それはちらっと考えたかもしれないな。
 けど、別に誰が犯人でもどうでもよかった。
 そんなことじゃない。そんなことじゃ、ないんだ。
 俺はただ、こんな路地裏で誰にも見られずに死にたくなかった。
 誰でもいい。誰か俺がここにいることを知ってほしい。
 そう思った。
 そう思い続けた。心臓が止まった後も。

 誰か見つけてくれ。
 俺は、ここに、いる。


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