インビジブル・ラブ(100)

 言ってから「しまった」と思っても、もう遅い。覆水盆に帰らず、親不孝息子も盆に帰らず、だ。
 だいたい、俺は本当に出て行くつもりなどなかった。幽霊の俺が現世にしがみついていられるのは、愛海のおかげじゃないか。
 この世とのただひとつの絆である愛海を失ったら、俺は存在する意味をなくしてしまう。
 それなのに、こんなタンカを切ったのは、愛海に言わせたかったからだ。『出て行っちゃイヤ。淳平がいないと生きていけない』と。
 ネコのフー公が心配げに、俺たちの言い合いをソファの陰に隠れて見ている。その様子は、まるで親のケンカをのぞいているガキみたいだった。

 きっと俺は自分に自信がないのだと思う。逆立ちしたって、愛海の恋人にはなれない。身体がないから、愛海を抱くことも、守ることもできない。アラジンのランプの精みたいに、せっせと世話を焼くだけ。
 そんな毎日にだんだんと苛立ちを感じ、愛海の気持を試そうとしたのだ。
 ところが、愛海から帰ってきた答えは、こうだった。
「出て行ってもいいよ、絶っっ対に止めないから!」
「わかった」
 最後通告をつきつけられた俺は、完全にブチきれた。
 窓を霊指の力で思い切り開け放つと、嫌がるフー公を道連れとばかりにつまみあげ、窓を乗り越えて一気にジャンプした。
 道を歩いていたヤツが、顎がはずれそうなくらい口を開けて見上げている。
 そりゃそうだろう。俺が見えない人間には、四階の窓から三毛猫が飛び出して、ふわりと宙に浮いているように見えているはずだ。



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