インビジブル・ラブ(142)

第五章


「あー、暇」
 愛海は持っていた雑誌を放り出し、ソファに寝ころんで、手足をこれでもかというくらい伸ばした。
「ぜいたくなヤツだなあ」
 俺は苦笑しながら、愛海の体の上にふわりと浮かんだ。
「五秒に一回息をして、メシを食って、トイレや風呂にも入って、寝て、毎日それだけすることがあるんだから、文句を言うな」
 死んでみて、俺はようやくわかった。生きてるって忙しいことなのだ。暇だなんて言ってたら、バチが当たるぞ。
 今日は非番の日。のどかな平日の昼さがりだ。しばらく休みも返上で、殺人事件の捜査にたずさわっていた愛海は、久しぶりの非番を少々もてあましているみたいだ。
「ね、せっかくこんないい天気なんだから、外へ行こ!」
 目を輝かせて、愛海は上半身を起こした。
「買い物なんか、どう?」
「やだ」
「なんで?」
「おまえの買い物は長い。待つだけでうんざりする」
 意地悪で言ってるんじゃないぞ。実際、幽霊にとって、買い物に付き合うほどつまらないことはないのだ。
 なにせ、買いたいものが何もない。
 服も靴も酒も食い物も、歯ブラシ一本だって、自分のために買う必要がないのだ。
「うーん、じゃあ散歩とか?」
「それもいやだ。町の奴らにヘンな目で見られる」
 歩いてるときも、やたらと俺にしゃべりかけてくるから、愛海がひとりでブツブツ言ってるように見えるらしい。
 朝の出勤途上では、公園のラジオ体操から帰ってくる年寄りたちが愛海をよけて通るし、集団登校中の小学生たちが手を振ってくれる。



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