インビジブル・ラブ(202)

「ええ、リカコさんは女優になるために生まれてきたんだと思います」
 愛海は心からの真実をこめて、言った。「淳平も、生きていたら、きっとそう言いますよ」
「そういえば」
 リカコは、なつかしげな表情を浮かべた。
「区民ミュージカルでカーテンコールを受けていたとき、誰かにキスされたような錯覚がしたの。あのキスはまさか、あの人の幽霊だったのかな」
「……」
「あはは、冗談よ」
 リカコが帰ってから、愛海が怒り狂ったことは言うまでもない。
「淳平。あれって、淳平のしわざなんでしょう」
「な、なんの話だ」
「リカコさんだけじゃない。麻季さんも私宛のメールで、同じこと書いてたもん。私だけじゃなく、三人全員にキスしてたんだ」
「す、すまん」
「バカ――ッ!」
 愛海は俺に飛びかかろうとして、すかっとソファから転がり落ちた。
「ふたりへのキスは、謝罪の意味をこめたんだ。本当にそれだけだって」
「嘘つき、浮気者、詐欺師――ッ」
「俺が本気でキスするってのは、こういうことだぞ。愛海」
 そう言って俺は、床から起き上がった愛海の唇に、念入りなキスをしかけた。
「あふ……」
 愛海は、とろけるような表情になって、その感触を楽しみ始めた。
 と思ったら。
「こんなキスでごまかされるかっ。淳平のバカ――!」
 次の瞬間、般若の形相に変化(へんげ)して、俺にクッションを次々と投げつけた。
 フー公は、とばっちりを恐れて、あわててベッドの下に隠れてしまう。
 怒ったり笑ったり泣いたり、まったく忙しい。こいつの顔を見てると、二十四時間だって見飽きない。
 小潟愛海は、俺だけの舞台にいてくれる、最高の女優だった。


       第五章 終



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