インビジブル・ラブ(33)

第二章

 まるで水槽に沈むガラス玉みたいに、俺の身体は朝の光の中では薄い蒼に溶けている。
 そんな俺を見ることができるのは、この世でただひとり。今この部屋のベッドで、気持良さそうに眠りをむさぼっている女だけだ。
 名前は、小潟愛海(おがたあいみ)。南原署の捜査一係の刑事。
 そして、俺は彼女の担当する殺人事件の被害者。水主淳平(みずしじゅんぺい)。
 俺の持つ『霊指』という奇妙な能力が、死後の『はざまの世界』にいる俺と、この女とを結びつけた。彼女は、俺をこの世につなぎとめている、ただひとつの結び目だ。

 俺はじっと愛海の寝顔を見つめた。何かいい夢でも見ているのか、にへらーと笑う。半開きにした口から、糸のようなヨダレがツーッと流れてきた。
 まったく百年の恋も冷めるとは、このことだ。顔が可愛いだけで、ドジで思い込みの激しい、どうしようもない女。俺ともあろうものが、こんなヤツに惚れてしまうとは。

 生きているとき、俺は結婚詐欺師だった。
 どんなにいい女でも、俺の目には獲物でしかなかった。自分の持てる力を尽くして挑む、命がけのゲーム。けれど相手の心と金を奪い取ったとたんに興味を失ってしまう。
 もしかすると、死んでしまってからはじめて、俺は本当の恋をしているのかもしれない。
 神様というのがこの世にいるなら、なんて皮肉なことをするヤツだろう。

 おっと、そんなことを考えている場合じゃねえ。
 もうすぐ愛海が起きる時間だ。コーヒーを沸かしといてやらなきゃ。猫舌の愛海にとって、いれたてのコーヒーは熱すぎるのだ。
 なんで、こんなことまでしてやらなきゃいけないんだか。まるで自分が、アラジンのランプの精にでもなったような気がする。


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