インビジブル・ラブ(34)

 俺は、いつもどおりコーヒーメーカーのスイッチをオンにした。
 水やフィルターやコーヒーの粉は、前日の夜に愛海がセットしておく。
 俺の霊指の能力は、徐々に高まっている。今は電気のスイッチを入れたり、軽いものを動かしたりするのがせいぜいだが、もう少しすれば、もっと重いものでも持ち上げられるようになるに違いない。
 その証拠に愛海は、あの『夜叉追い』という奴らからもらった護符がなくても、俺の姿を見られるようになったのだ。
 たぶんその気になれば、他の人間にも姿を見せたり声を聞かせたりすることができるだろう。だが、幽霊の姿なぞ下手に見せて「除霊騒ぎ」にでもなれば、一番困るのは俺だ。
 予定にない死を遂げてしまい、死者の国へ行く資格すらない俺は、愛海のそば以外に居場所がない。あの『はざまの世界』で、太公望と称するヘンなおっさんに付きまとわれるのがオチだ。

 コーヒーのいい香りが漂ってきたころ、目覚まし時計が鳴り出した。
 愛海はむっくりと起き上がり、時計の頭をぽんと叩くと、そのまま枕に崩れ落ちてしまった。
 おいおい、またかよ。
 こいつと生活するようになって二ヶ月になるが、まともに一度で起きたためしはない。
 俺は愛海のベッドの上にふわふわ浮かぶと、不機嫌な声をかけた。
「おい。起きろ」
「う……ん」
「また遅刻するぞ」
「はぁい……」
「何が、はぁいだ。返事ばっか」
「へへへ、ぶい」
「Vサインなんか出すヒマがあったら、起きろ!」
 まったくむなしくなってくる。何の因果で、俺はこんなヤツに惚れちまったんだか。


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