インビジブル・ラブ(203)

第六章


 このごろ自分が幽霊だということを、ふと忘れるときがある。
 以前は意識を保つことさえ難しかったのに、今はいくらでも現世にとどまっていられるし、霊指の力で、たいていのものなら苦もなく動かせる。
 やろうと思えば、人間には俺の姿も見えるし会話もできる。ただし大騒ぎになるといけないので、相手は愛海とフー公に限っているが。
 そうなるとつい、自分が生きていると錯覚しそうになるのだ。
 体もなく、生きる者のぬくもりすらない俺が、いつまでも愛海のそばで生活して、彼女を愛していけると思い込みたくなってしまう。
 ばかばかしくて、笑っちまう話だ。
 そうではないと自分に言い聞かせてはいる。本当に別れるときが来たら、笑って「あばよ」と言い、潔くおさらばするんだと決めている。
 さすがに、物陰からそっと愛海を見つめるストーカー幽霊には、なりたくないからな。
 だが、実際はきっと、じたばたしてしまうんだろう。たとえ天国に連れてってくれると言われたって、こんなにいい女を置いて行けるものか。
 真夜中、よく眠っている愛海の寝顔をながめながら、俺は部屋の天井あたりに浮かんで意識をとばしつつ、朝の来るのを待っていた。
 すると突然、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「誰だよ」
「まったく、恩知らずなやつめ、わしの声を忘れたか」
 その口調は、まぎれもなく太公望だった。うーむ。これだけ出てこなければ、作者だって忘れるぞ。



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