インビジブル・ラブ(204)

 現世とあの世との間の「はざまの世界」。
 相変わらず、ぼんやりと明るいだけの何にもない殺風景な場所だ。実は広大な世界で、山や海もあるらしいのだが、探検する気はさらさら起きない。
 管理人のおっさんがひとり、いつ見ても暇そうに釣り糸を垂れている。
 「太公望」とは、俺が便宜上つけた仮の名だ。だが本人はなかなか、この名を気に入っているらしい。
「世話になった恩人には、盆暮れの付けとどけを欠かさぬのが、昔の日本人の礼儀だったがの」
 不機嫌そうに、俺をにらむ。
「悪かったな。今度来るときは、まずい桃でも持ってきてやるよ」
「いらぬわい」
「で、何か用か」
「せっかちな男だ。とりあえずは、相手の健康くらい気づかうものだ」
「お互いに、病気をするような体はしてないだろう?」
 憎まれ口を叩き合いながら、俺はおっさんの隣にどんと腰かけた。地上では体のない俺も、ここでは仮の体を持つことができる。
「実は、おまえさんに届けものをしてほしい」
「誰に?」
「草薙だ。覚えておろう」
「ああ、あの夜叉追いか」
 「夜叉追い」とは、おそろしく強い力を持つという霊能力集団だ。
 そのうちのひとり、草薙には、以前ここで会ったことがある。若草色の狩衣を着た、匂い立つような美貌の平安貴族だった。しかし、現世で会ったときはなぜか、とぼけた顔の白狐になっていた。
「俺がわざわざ届けなくても、自分でここに来れるんじゃないのか」
「今、奴は、赤ん坊の子守で忙しくてな。ここに来る暇がないのだ」
「子守?」
 ……誰の子どもか訊ねたかったが、あまり奴らの人間関係に深入りはしないほうが良さそうだ。
 太公望は、俺に小さな巻物をひとつ手渡した。
 そう。よく忍者が口に加えているようなヤツだ。霊界の巻物だから、さだめしすごい秘伝が書かれているに違いない。



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