インビジブル・ラブ(283)

第八章

「そこ……そこよ。感じるぅ」
 マンションの床を、女のあえぎ声が這う。
「もっと深く、強く突いて。……あ……ああ。いい。失神しそう」
「うるさい、まぎらわしい声を出すな」
 肩もみくらいで、これほど盛り上がれる女もめずらしい。
 俺が愛海のマンションに戻って一週間。
 埃だらけの散らかり放題の部屋を何とか片づけた後は、ひたすら尽くす日々だった。
 毎夜毎夜、マッサージと美容パック。新発売の「肩もみ棒」で、肩甲骨の内側に沿ってツボを押してやる。小さなすりこぎ状の棒がピンポイントで直接ツボに効いて、いい具合なのだそうだ。
 まるで奴隷のような生活だが、けっこう俺は幸せだったりする。
 涼香の邪念に取り込まれて帰れなかった一ヶ月を思い返せば、愛海の笑顔が隣にある毎日は、なんと安らぎに満ちていることだろう。
「淳平。好きだよ」
 うつ伏せになりながら、愛海はぽつりと言った。
「ああ、俺もな」
 もう俺は、絶対にこいつから離れられない。離れてやらない。
 俺は、薄い下着だけの愛海の全身を霊体でそっと包み込んだ。うなじに触れると、愛海は「ひゃん」と本物のあえぎ声を上げる。やっぱりこいつは出会ったときから、ここが一番弱いんだ。
 携帯が鳴り、ぐったりしていた愛海は、気だるげにベッドからサイドボードに手を伸ばした。
「はい。……あ、涼香さん。今どこですか」
『さっき、家に着いたところよ』
 電話の主は、日本でのリサイタルを終え、イタリアに戻ったばかりのピオッティ涼香だった。



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