インビジブル・ラブ(336)


 突然、俺の霊体は、天からまっすぐに落ちてきた雷のような衝撃を受けた。
 ああ、あのときもそうだった。
 俺は、上から角材か何かが落ちてきたと錯覚したんだった。

『待て』
 男の声がする。『こいつ今、動いたぞ。生きてる』
『バカ言うな。完全に事切れてるよ』
 もうひとりの男が笑う。
『早く行こう。緊急呼び出しのとき、ふたりとも、できるだけ遠くにバラけておかなきゃな』
 ばたばたと走り出す靴音。
 待ってくれ。俺を――ひとりにしないで……くれ。
 俺は閉じていたはずのまぶたを持ち上げた。完全に力を失っていた手に力をこめ、あごを少しだけ持ち上げた。
 急速に闇におおわれていく俺の視界に、走っていく二人の男の後ろ姿が映った。
 路地を出ていくとき、後ろの奴が一瞬だけ立ち止まり、振り返るような仕草をした。わずかに見えた横顔が、網膜に写真のように焼きつく。
 見知らぬ顔だった。少なくとも、俺が死ぬまでは会ったことのない。
 でも、今ならわかる。あの横顔は――。
「あ……うわあっ」
「淳平! どうしたの、淳平」
 愛海の必死の叫びを聞きながら、俺の霊体は空気中にスペクトルのように光を放ち、夕暮れの空気の中に溶けていく。
 あの横顔は。
 いつもネチネチと愛海にイヤミを言う奴だが、ときどき不器用なやさしさを見せる。
 南原署の定年間近の刑事。
 愛海がいつもコンビを組んでいる、木下警部補だったのだ。

   第八章 終


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