インビジブル・ラブ(395)


 マスコミは連日、その不祥事を書き立て、愛海もその餌食となって、満足に外出もできない日々が続いた。
「南原署にいるのは、きみもつらいと思ったんだよ」
 都築は、愛海から目をそらし、向かいのホームの看板に焦点を合わせる。
 あの頃の愛海は、恐怖の思い出にさいなまれ、手が震えて字が書けないときもあった。それでも、歯を食いしばって出勤し続けた。ひとことも弱音を吐かなかった。
「やめようと何度も思いました。でも、ある人と約束したんです」
 愛海も、ホームから青空をまぶしそうに仰ぎ見た。「絶対に刑事をやめるなって。刑事を続けて、もっとたくさんの人間を助けろって」
「そうか」
 その、すがすがしく澄んだ瞳を見れば、どんな鈍い男でもわかる。そう諭したのは、愛海が愛している、この世界でただひとりの男性なのだということを。
「その約束が、今度の決断につながっているんだね」
「はい」
 署内が一応の落ち着きを見せ始めたころ、愛海は異動願いを出した。地方警察との人事交流制度を利用して、岩手県への出向を願い出たのだ。
 都築が差し出した手は、心地よいほど見事に振りはらわれたわけだ。
「そうだ。きみに渡すものがある」
 都築はふところから、一通の封筒を取り出した。
「木下に面会に行ったときに、手渡されたんだ」
「木下さん?」
 愛海のパートナーだった木下警部補は、去年のクリスマスの明け方に意識を取り戻したあと、自分たちのおかした犯罪について、病床で克明に供述を始めたのだ。
 宇佐美昌造を殺したのは、渡良瀬元署長だったこと。
 水主宏平に罪を着せ、留置場で三人がかりで首を吊らせたこと。
 渡良瀬の命令で、淳平を後ろから刺したのは、赤塚だったこと。
 そして、証人の黒田智也を正面から刺したのは、木下自身だったこと。



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