インビジブル・ラブ(443)


 警官たちが橋口を連行するあいだに、愛海は、呆けたような表情の美春をソファに座らせた。
「だいじょうぶですか」
 声をかけると、彼女はほつれた髪の間から俺を見て、「俊ちゃん」とつぶやき、目をぎゅっとつぶった。
「お父さんは、20年前にお母さんに殺されていたんですね」
「ごめんなさい」
「あやまらなくてもいい。あなたが悪いわけじゃない」
 大きな秘密を知りながら誰にも言えずに、美春は人生の大半をずっと悩み続けてきたのだろう。家族が犯罪を犯したと知ったときの苦悩を、俺は誰よりもよく知っている。
 そんなときに、橋口が現れた。闇の世界にいる人間は、同じ匂いのする人間をすぐに見分けることができる。
 美春は橋口に、「死体を始末してくれたら、財産を山分けにしてあげる」と持ちかけた。「協力しなければ、あなたを警察に訴える」とも。ひとつ間違えば、自分の身が危うくなることも恐れずに。
 愛情なんて陳腐な絆ではなく、同じ罪に身を染めた者同士の断ち切れない絆を、美春は一番確かなものだと感じたのだろう。
「美春さん、もしかして」
 愛海も、俺と同じことを考えているらしい。「あなたはそこまでして、橋口をつなぎとめたかったんですね」
 美春は「ふ」と息を漏らした。「まさか。相手は結婚詐欺師なのよ」
「結婚詐欺師だろうと、筋金入りの女たらしだろうと、どんな極悪人だろうと、一度好きになっちゃったら、もう止められないのが恋ですから」
 身をよじって泣く美春の背中をさすりながら、愛海は俺の顔をちらりと見た。
 ああ、ちくしょう。否定できねえ。
 自分がその極悪人の女たらしの結婚詐欺師、水主淳平であることを、さすがの俺も、もう否定できなくなっていた。
 

携帯小説Ranking ●NovelーLine● †ハイファンタジーズ†
次へ 前へ TOP