手をのばして(12)

 私たちが鏡を通して会うようになってから、一ヶ月が経とうとしていた。
 最初は私と同い年くらいだったのに、時間の経過のギャップは彼をすっかり大人の男性にしていた。背は数センチ伸び、頬が少し痩けて、精悍な顔つきへと変わった。
 私は17歳のままなのに、彼の世界ではいつのまにか2年の歳月が経っていたのだ。
 戦局はますます悪化の一途をたどっているようで、生活に必要な物資も滞り始めたようだった。
 私には何も言わないが、栄一さんの瞳がふと翳りを帯びることが多くなった。まるで人知れず自分の罪に苦しんでいる罪人のように。
 ある日、私は彼の姿を一目見て絶句した。
 着ているものはひどく泥にまみれている。汗と埃で黒ずんだ顔の中で、瞳が荒々しい獣のような異様な光を放っていた。
「たえ……さん」
「どうしたの?」
「今日、僕の働いている海軍基地が、P-51の爆撃を受けた」
 興奮で声がかすれていた。
「同文書院の学生たちは勤労奉仕で駆りだされて、工廠で艦載砲の組み立てをしていたんだ。いつものように空襲警報が鳴り響いて、みんな防空壕に避難してしまった。僕たちの班5人はどうせまた誤報だろうと、誰もいなくなったのを幸い、工廠の床で車座になってマルクスの経済論やカントの哲学について議論を戦わせていたんだ。 そのうち、地響きがして、あちこちで爆発音が鳴り響いた。あわてて工廠を飛び出した。外に出た僕たちの目に飛び込んできたのは……」

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