手をのばして(16)

あれから、僕の身に何が起きたかを記しておきたい。
きみに最後に会った翌日、僕は蘇州の陸軍部隊に召集された。三ヶ月の初年兵訓練を受けたあと、揚子江の下流まで徒歩で進軍し、戦場に赴いた。
だが戦場とは言え、戦闘はほとんどなかった。それほど戦局はもう如何ともしがたいところまで来ていたのだ。結局、一度も銃を取ることさえなく敗戦の日を迎えた。
復員船に乗って故郷の静岡に戻ったが、しばらくは失意の中で無為に時を過ごした。人生の目標を見つけられず、いったい何をしてよいのかわからなかった。
僕にふたたび力を与えてくれたのは、きみとの思い出だ。
きみが見せてくれた豊かで平和な日本を、僕たちの手で作りたい。
きみやきみのまわりにいる人々の笑顔が二度とふたたび曇らないように、何かを遺したい。
その願いだけで、僕は戦後の混乱期をがむしゃらに生きた。
愛することのできる女性に出会い、結婚してふたりの子どもと5人の孫に恵まれた。そのうちのひとりが遥だ。
昨年、50年連れ添った妻を亡くし、いま僕は生命の最後のときにある。
京都に「観花堂」という古美術商があることはずっと以前に調べていた。数年前にこっそり訪ねて行ったこともある。
きみはまだ元気な小学生だったね。僕は君の姿を物陰からそっとのぞき見て、自分の考えが間違っていなかったことを知った。
実は復員船に乗るとき、家主からきみとの思い出の鏡を譲り受け、何があっても離さずに日本に持ち帰ったのだ。そして、時が来れば「観花堂」の主人、きみのおじいさんに託すことに決めていたのだ。

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