手をのばして(番外編3)

「どうして飲まないの。冷めちゃうよ」
 ぼんやりと店内を見つめていた俺をのぞきこむように、たえが言った。
「熱くて、飲めないんだ」
 不貞腐れて答えると、
「いやあ、まるで子どもみたい」
 ころころと笑う。俺はむかっ腹を立てた。
 何かにつけ俺のことを、たえは子ども扱いするのだ。祖父の栄一と愛し合ったというだけで、まるで実の孫でも見るような気分にひたっているのだろうか。
 大変な混乱の時代をくぐりぬけてきた若い頃の祖父にくらべれば、俺が頼りなく見えるのはわかっている。それはひそかに自分でも引け目を感じていたことだった。実業家として財をなし、人格も教養も申し分なかった祖父と何もかもそっくりだと言われるたびに、どうしようもなく劣等感に襲われる。顔は似ていても、中身は全然、同じじゃない。
 それでも、2歳年下の女子高生に「子どもみたい」と言われたくはない。
「いつも家では、温度の低い玉露ばかり飲んでたからな。こんな安物の煎茶じゃなくて」
「遥くんのふるさとも、お茶の名産地だもんね」
「両親が働いてたから、俺は祖母に育てられたようなものでね。祖母は、とてもお茶を淹れるのがうまかった」
「いいおばあさまだったのね」
「祖父母はとても仲がよかった。忙しい仕事の合間を縫って、しょっちゅう二人で散歩したり旅行したりしていたよ」
 どんどん意地悪な気分になっていく己を自覚する。
「祖父は祖母のことをとても大切にしていた。祖母の死を看取ってから、安心したように自分も逝ったんだ。一生鏡の中のあんたのことを思い続けていたなんて、そんなことはありえない」
 どんなに残酷なことを言っているのか、よくわかっていた。でもいら立つ気持ちは止められなかった。
 祖父が50年余の結婚生活で、他の女性をそっと想っていたなんて、家族としても認められないのだ。それでは、あまりにも祖母がかわいそう過ぎる。
「うん、わかっている」
 たえは傷ついた顔を見せることもなく、穏やかにほほえんだ。
「栄一さんは結婚して、奥様のことを本当に愛したのだと思う。栄一さんは、そういう人だから」
 それを聞くと、カッと頭に血が昇った。

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