手をのばして(番外編4)

「おまえに、祖父の何がわかる!」
 俺は我知らず立ち上がり、怒鳴っていた。
「俺は、19年間いっしょに暮らしたんだ。祖父の膝に乗り、いっしょに食事をして、そして――最期の息を吐くのを枕元で見届けた。おまえなんか、何も知らない。俺たち家族が積み上げてきたのは、おまえが鏡の中の祖父と過ごしたより、はるかに長い時間なんだ!」
 雨に揺れる柳の枝のように、彼女の睫毛が震えた。
 見開いた大きな瞳から、涙がひとしずく滴り落ちた。
「ごめんなさい……」
 やっとのことでそう答えると、彼女は立ち上がり、黒光りのする柱の前にとぼとぼと近づいて行った。
 そこには、歳月を経て煤けたように曇った、祖父のあの鏡がかかっていた。
 知らず知らずのうちに、鏡にこめられた祖父の思い出に助けを求めるつもりなのだろうか。
「その鏡は俺のものだ!」
 俺は悪魔のような心に取り憑かれたまま、たえを鏡の前から引き離そうと荒々しく歩み寄った。
「あ……」
 ふたりの口から同時に声がもれた。
 鏡面は、さざ波を立てたように揺らめいて、骨董屋の内部とは別の空間を映し始めたのだ。
「栄一さん!」
 彼女は身をよじって俺を振り切り、鏡の錆びた銅製の枠を両手で力いっぱい握りしめた。
「栄一さん、栄一さん、あなたなの……? お願い、もう一度顔を見せて!」
 俺は、たえの後姿を茫然と見つめていた。
 彼女の全身が叫んでいた。『逢いたい』、と。俺には想像もできないほど強い、狂おしい想い。

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