手をのばして(4)

 次の日、高校の帰りに観花堂に行くと、祖父は待ちかねていたように帳場を立った。
「この荷物を急ぎで届けてこなならんのや。ちょっと本局まで行ってくるから、店番頼む」
「うん」
 祖父が出て行ったあと、私はしばらく逡巡した挙句、あの鏡の前に立った。
 あの男性は現われるだろうか。それとも、あれは古い鏡が見せた一回限りの幻?
 思いあぐねる間もなく、鏡面がかすかに揺らいだかと思うと、カメラがゆっくりと焦点を合わせるように、万華鏡のようなもやの中から、また彼の姿が映し出された。
「また会えた……」
 彼は信じられないと言った面持ちで、私をまっすぐに見つめた。
「あれから毎日、きみにまた会えるかと思ってここをのぞいていた。もうほとんど諦めかけていたのに」
「毎日? きのう会ったばかりなのに?」
「なに言ってる。あれはもう一ヶ月も前だ」
 私は否定の意味で首を振りかけて、ふと祖父のことばを思い出した。
「あの、そっちは今、いつ? 戦前なの?」
「戦前?」
「あの、つまり、今はいったい何年なの?」
「昭和18年に決まってるじゃないか」
 言いかけて、彼は喉の奥がつまったような音を立てた。
「そっちはそうじゃないのか?」
「今は平成15年」
「平成?」
「昭和のあとが平成なの」
「未来……なのか?」
 ふたりはしばらく黙りこんだ。
「にわかには、信じがたい」
 抗うように、彼は力なく答えた。眼の前の鏡が映すはずのない映像を映している、その現実の前でなお、否定する気持ちが勝っているのだ。
「じゃあ、証拠を見せる」

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