手をのばして(5)

 私は、帳場に飛んで行って、祖父が読んでいた新聞を鏡の前にかざした。
「一番上の日付を見て」
 2003年(平成15年)5月14日。
「21世紀……」
 彼はあらためて私をまじまじと、こちらが恥じ入るくらいに見つめた。
「きみのいる場所は今と、何も変わっていないように見える」
「それは、ここが骨董屋だから。私の制服も古くさいセーラー服やし」
 私はそう言いながら、新聞を鏡に近づけた。
「あ、ここのテレビ欄を見て。テレビは昔にはなかったでしょ」
「テレビ……」
 彼はよく見ようと、目を細めて鏡に顔を近づけた。
「あ……」
「ああっ」
 そのとき、信じられないことが起きた。湖面に石を投げ入れたかのように鏡がゆらめくと、新聞がすっと中に吸い込まれていってしまったのだ。
 次の瞬間、彼の手の中に未来の新聞が握られていた。
「こんな……」
「ものの行き来ができるんだ……」
 我に帰ると、彼は恐ろしい魔術の書物でも扱う手つきで、おそるおそる紙面を繰った。
「イラク……戦争。有事関連法案……。大東亜戦争の戦況のことはどこにも書いてないようだが」
「あたりまえだよ。戦争は昭和20年に終わったの」
「終わった? 昭和20年、そんなに早く?」
「日本は負けたの」
「負けた……」
「しばらくはアメリカに占領されたりしたけど、そのあとは戦争をしない平和な国になった。今の日本はとても平和だよ」
「そうか……」
 彼はほとんど表情を変えずにそうつぶやくと、固く口を結んだ。

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