手をのばして(9)

 栄一さんは21世紀の機械や電気製品にとても興味を持ったので、私はCDプレーヤーや携帯電話を見せてあげた。
 針を落とすこともなく音楽を奏でる未来の蓄音機。ダイヤルもなく、コードもつながっておらず、オルゴールのような音楽が呼び出し音の個人専用電話。目を丸くして驚く彼を見て、私は子どもをからかう大人の気分になっていた。
 驚いたことにコンピューターということばすら理解できない。当時の日本には、そんなものはまだなかったのだ。
「インターネットが普及してから、世界中のいろんな情報を知ることができるようになった。家にいながらものを買うことができるし、銀行振り込みもできるんだよ」
 と説明すると、
「なぜそんなことができるんだ。電波はどうやったらそんなに早く世界中に届くんだ。銀行間の手形決済はどうやって行うんだ?」
 という具合に質問攻めにされた。でも、彼が満足できるほど、私は今の世界をきちんと系統だってわかっていなかった。
 政治も経済も、恥ずかしいほど私は何も知らないし、知ろうとしたこともなかった。
 戦争の時代の中、彼は生きることや死ぬことの意味をずっと考えてきたという。
 彼が熱っぽく私に語ってくれる哲学や文学の話は、まるで私には新しい地平線の向こうの未知の世界の話のように新鮮に聞こえた。
 私たちは祖父が戻ってくるか、お客さんが店を訪れて邪魔が入るまでのあいだ、時を忘れて語り合った。

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