ご主人さまのお好きなレシピ(1)


第一章 拒食症のご主人さま

「今のところ、紹介できるのは、これだけかな」
 もうすっかり、なじみになった就職課の野間さんが、一枚の求人票を寄こしたときの表情を、私は決して忘れない。
 気づかってくれるような、それでいて、あわれみと苦悩が入り混じったような。
 何かあると、ピンと直感が告げた。
 ひと文字も読み漏らすまいと、神経をハリネズミのようにとがらせて、紙を受け取った私は、すぐに「えっ」と目を見張った。
 給与のところにありえない数字が記入されている。
「まさか、年収だってオチじゃないですよね」
「無論、月給だよ」
「だって」
「最後まで、よく読んで。職場は飲食店じゃない。個人宅だ」
 ぽんぽんと指でカウンターを叩く。口べたな中年男性である野間さんが、何かを説明するときのクセなのだ。
「朝食から夕食ということになれば、拘束時間は長い。先方は住みこみを希望しておられるほどだ」
 住み込みでコックを雇うなんて、どんだけ大金持ちなんだろう。
 確かに、そうなると仕事は大変だ。大家族で全員の食事時間がばらばらということもありうるし、子どもの好き嫌いがひどいかもしれない。突然「仕事で徹夜するから夜食を」なんてリクエストもあるかもしれない。友人を呼ぶのが好きなご夫婦なら、パーティを仕切ることだってあるだろう。
 でも。
「それなら、望むところです」
 私は、ぐいと身を乗り出した。
 今の状態に比べれば、それくらいの苦労がなんだろう。料理が作れる。誰かが私の料理を食べて喜んでくれる。それだけで、十分だった。


●NovelーLine● †ハイファンタジーズ†
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