ご主人さまのお好きなレシピ(174)


 玄関の扉が開いて、じゅうたんに吸い取られた、くぐもった靴音が近づいてくる。
 この歩き方は来栖さんだ。二日も留守だった来栖さんがようやく帰ってきたんだ。
 この二日間、長かった。
 ルイさまがいらしたり、来栖さんの代わりにご主人さまの着替えを手伝ったり、その勢いで「好きです」と告白したり。
 その告白に怒ったご主人さまは、ローゼマリーさまのバラを引き倒してしまわれたり。
 キスもしたし、ゴマ豆腐入り間接キスもした。来栖さんがいなかったからこそ、ご主人さまと一対一で向き合えたのかもしれないとも思う。
 それでも、やっぱり来栖さんには、ここにいてもらわなきゃだめだ。
 いつまでも三人で、この館で暮らしていきたい。私が軽口をたたき、ご主人さまが眉をひそめ、来栖さんが鋭い突っ込みを入れる。穏やかな、楽しい日々がいつまでも続いてほしい。
 そんなささやかな願いは、扉を開けた彼の顔を見たとたん、ぼろぼろと崩れていった。
「伯爵さま。本国からの知らせが」
 息をはずませながら、うめきに似た押し殺した声をあげた来栖さんの顔は、目のふちが疲労でくまどられていた。
「あの方が――レオニードさまが城を発たれ、あと数日でこちらにお越しになります」
 死刑宣告のような重々しい響きが部屋から消え去ったとき、パリンという音がした。
 振り返ると、ご主人さまはテーブルの席に座したまま、虚空をにらみつけておられた。
 その手の中にあったはずのグラスは破片となり、血のように紅いワインの海の中に力なく横たわっていた。


第三章 終

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