ご主人さまのお好きなレシピ(176)


 それは、歴史的瞬間だった。
 だって、百年のあいだ、この館の敷地から一歩も外へ出なかったご主人さまが、外出するとおっしゃったのだ。ポツダム宣言より、二・二六事件より前からの引きこもりを破ろうというのだ。大事件でなくてなんだろうか。
「承知しました。それではさっそくお支度を」
 それなのに来栖さんは、まるで日課の散歩とでも言わんばかりに、冷静に一礼した。
「あ、それから」
 あたふたして、ふたりの間に視線を往復させている私に、来栖さんは言った。
「榴果さん、あなたもついてきてください。わたしはハンドルを握りますので、車の乗り降りのお手伝いをするのは、あなたのお役目です」
「え、わ、私がですか」
「もし、伯爵さまが途中で動けなくなったら、担いで行ってくださいよ」
 からかうような口調に、レオンさまはイヤな顔をなさった。
「ルイに連絡は、もうついているのか」
「ここに戻る途中で、一応の打診はしておきました」
 当然のように、すまし顔で執事は答える。「お答えは、『待っている』とのことでした。ただし、病院の夜勤が入っているので、面会は明日の午後一時から四時の間までにしてほしいそうです」
「え、それって」
 私はすーっと青ざめた。それじゃあ、ご主人さまは昼の日中に外を出歩かなきゃならない!


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