ご主人さまのお好きなレシピ(330)


「ある夜、騒ぎが起こった。女中部屋で寝ていたはずの多恵が大声で泣き始めたのだ……恐ろしい夢を見たのだと。旦那さまと奥さまが、書斎に見知らぬ男を連れ込んで、ふたりでかわるがわる食べていたと。恐ろしくて悲鳴を上げることもできずに、布団にもぐりこんだところで目が覚めたのだと」
「え、それって」
 夢? 夢でなく、もしかすると……。
「おそらく多恵は、夜中に厠へ行く途中で俺たちが血を吸っているところを見たのだろう。馬之助がすぐに駆けつけて、うまくなだめ、言いくるめた」
――多恵さんや。それは夢でござろうよ。寝ぼけて頭の中でありえぬ光景を見たのだ。
「それで、夢だとすっかり本人も思い込んだらしい。たとえ誰かに話しても、頭の足りぬ女中が言う戯言と誰もが思うだろう」
「……そうですよね」
「だが」
 ご主人さまは、そこで言葉を切った。その昏い色の瞳を覆っているのは、決して取り戻すことができない過去への後悔。
「長い逃避行の末、やっと落ち着いたばかりの異国だ。ヨーロッパとは風習も文化も違う。教育もない、たかが十五の小娘の言うことを、もしひとりでも真に受ける者が現れたら、何が起きるかわからぬ。無用な騒ぎを起こしたくはない。そんな保身の計算が俺を揺り動かした。俺はためらうことなく多恵の血を吸って殺した」
 以前、レオンさまがおっしゃっていた。
――俺たちにとって、身の回りの雇い人など鶏小屋の鶏と同じ。そばにいても、いずれは食するもの。
 わかっている。以前のご主人さまが、人間を殺すことをなんとも思っておられなかったことは。
 けれど、遠い外国での話と日本での話は別だった。私と同じ日本人の少女が、しかも『多恵』という名前を持つ存在が、殺されたのだと聞くのは……やはりショックだ。


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