ご主人さまのお好きなレシピ(349)


***
「あ〜 あち」
 うっかり気を抜くと遭難するほど広大な庭を歩きながら、私は何度も荷物を背負いなおした。
 魔力のバリアかはたまた結界か、これまで得体のしれない力で季節の移り変わりから隔絶されていたこの庭。
 ここの主(あるじ)が百年来の引きこもりを破り、つらい過去に囚われていたご自分を解放なさったとたんに、すべてのものが時を刻み始めたのだ。
 おりもおり、季節は梅雨明けの盛夏。気温はとっくに30℃を突破し、35℃をうかがおうという勢いだ。一足ごとに汗がだらだら。雑草もハーブ園のハーブも、旺盛な生命力を発揮して、ぐんぐん丈を伸ばしている。
 はるか遠くからかすかに、電車の警笛が響いてくる。今までは絶対に聞こえなかった音。
 外界の空気が自由に出入りするようになったということは、台風もミサイルもPM2.5も容赦なく侵入してくるのだろうな。
 もちろん、遠い国の刺客だって。
 でも、以前のような暑さも寒さもない閉ざされた空間よりは、こっちのほうが私はずっと好きだ。はるかに、生きているという感じがする。
 美しく咲き誇るダマスクローズのそばで立ち止まった。
 真正面のテラスにご主人さまが腰かけて、仏頂面でじっとこちらを見ておられた。
「なんなのだ。これは」
 19世紀風の貴族の服を身にまとったご主人さまのすらりと伸びた長い脚。その先は水を張った金だらいの中に突っ込まれている。


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