ご主人さまのお好きなレシピ(350)


「クルスにここに連れて来られ、無理やり足を氷水に浸された。どういうことだ」
「私が頼んだんです。梅雨明けの日本の風物詩。日本人は古来より、夕涼みと称して、縁側や縁台でたらいの水で足を冷やして涼を取るんです。そして、きわめつけはこれ」
 肩に背負っていた紐つきの大荷物をぶんと振り回す。
「西瓜の丸かぶりです」
「スイカ?」
 厨房へ走って行き、ざくざくと四等分に切る。
「キンキンに冷やしてあります。鋭い歯でガブッと真ん中から行っちゃってください」
 ご主人さまはさすがに戸惑った面持ちで、皿の上を注視する。Lサイズ西瓜の四つ割、ヨーロッパの貴族さまは初めて見るデカさだろう。
「ご主人さまが最初に召し上がってくださった記念すべき私のレシピは、スイカのジュレでした」
 なつかしい思い出に思わず頬がゆるむ。あのときから、私の料理人としての本当の歩みが始まったのだ。
「だから、いつかスイカを丸かぶりしていただきたかったんです。だって、そのほうがはるかに美味しいし、はるかに本物ですから」
 レオンさまは私の顔を穴が開きそうなほどじっと見つめると、言った。「ここに座れ」
 隣に腰かけると、「皿を持っていろ」とのたまう。
 大皿ごとご主人さまの前に差し出すと、さくっと音がして、スイカの真ん中が大きく削ぎ取られた。
「これでよいのか」
 ご主人さまの口から頬にかけて、うっすらと赤いスイカの汁で染まっている。まるで血を吸ったばかりの吸血鬼のように。


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