ご主人さまのお好きなレシピ(51)


「そなたの顔など見たくないと言ったはず」
「じゃあ、ヘルメットとゴーグル買ってきて、隠します。でも、匂いと味が見られるように、マスクだけは勘弁してください」
 それを聞いたご主人さまは、静かな深いため息を吐いた。
 安楽椅子に戻り、目を閉じ、顎を持ち上げ、しばらく揺れに身をゆだねておられた。
 私のしていることは、きっとご主人さまを困らせているだけなのだろう。
 闇の中の安寧をぶちこわし、奥さまの思い出を引っかき回し、決してお腹を満たすことのできない食物しかお出しできない。とんでもなく邪魔で迷惑で、何のなぐさめにもならぬ小娘だと思われているだろう。
 それでも、ご主人さまには、怒ったり、眉をひそめたり、ため息をついたりしてほしい。たとえ少しでも、ご自分が生きていることを思い出してほしい。
 死者の世界から、ほんのわずかでも日なたに出てきてほしい。
 そう念じながら、次のことばを待っていた私の耳に、そよぐ風のようにやわらかな声が聞こえてきた。
「では、早く持ってまいれ」
「え?」
 ご主人さまは、漆黒の瞳でまっすぐに私を見つめていた。
「聞こえぬのか。そなたの整えたローズティーを飲むと、よく眠れるのだ」
 その底知れぬ暗黒に、一条の暖かい光がたゆたっているような気がする。錯覚かもしれないけど、錯覚でもいい。それで、私はがんばれる。
 口から抑えきれない嗚咽が漏れる。早くも涙でぐしゃぐしゃになり始めた顔をぐしっと袖で拭き、むりやり笑みに取って換えると、ぴんと背筋を伸ばして、腹の底からの大声を上げた。
「はい、ただいま、ご主人さま!」


第一章 終

●NovelーLine● †ハイファンタジーズ†
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