あなたの歌が聞こえる(6)


「おまえ、毎日美玖ちゃんの病院にいりびたってるんだってな」
 ベース担当だったシヴァこと柴田の問いかけに、窓の外を向いたままうなずく。
 数週間ぶりの都会の雑踏。人々が忙しく行き交う姿を冷え冷えとしたガラス越しに見ながら、怜は自分がその一員ではない疎外感を味わっていた。
「メジャーからの誘いは、あるんだろ」
「ああ」
「シングル一枚でも出しておけ。まだ「ブルーカオス」のレイの名をみんなが覚えているうちに。急がないと、この世界では半年が大昔だ」
 派手なウィッグとコスチュームを脱いだこのふたりが、かつて日本中を熱狂させたグループのメンバーであることを、このコーヒーショップの中に気づく者はいない。
「歌えない……、今のままでは」
 カップに目を落としながら、怜はぼんやりとつぶやいた。
「彼女への罪滅ぼしのために歌わないつもりなのか」
 答えないでうつむく怜の顔を、柴田はのぞきこんだ。
「あきらめろ。おまえたちはもう終わったんだよ。おまえが今していることは自己満足だ。そんな押しつけの愛情は、美玖ちゃんのためにならない」
「ああ……、そうなのかもしれない」
 ため息とともに、投げやりなことばを吐き出す。
「ときどき、もう限界だと思うことがある。美玖にとってまるで俺は空気だ。存在しないんだ。憎しみをぶつけられたり罵られるほうがどれだけ楽か。自分が本当に消えていきそうになる」
「辛いな」
 柴田は同意して、うなずいた。人々の熱い視線を浴びることに慣れきってしまった彼らにとって、無視され忘れられるということは、普通の人以上に耐えられない恐怖と感じられた。
「それでも俺は、一生美玖のそばにいると決心したんだ」
「そして、歌を捨てるのか」
 ぴくりと、カップの取っ手にかける怜の指が動いた。
 そうだ。「ブルーカオス」を解散するときに、一度歌を捨てた。
 いくら五線譜の前に向かっても、自分の内側から何のメロディも浮かんでこない。その苦しさから、逃げ出した。
 美玖のためじゃない。ただ美玖を口実に、歌うことから逃げているだけだ。

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