あなたの歌が聞こえる(7)


「レイ。俺は」
 ベーシストは、タバコの吸殻を灰皿にぐいっと押し付けた。
「俺は、おまえの才能を惜しんでいるんだ。おまえは、人の心に深く訴えかける天性の歌声の持ち主だ。解散した今だからこそ、わだかまりを捨ててそう思う。
……レイ、歌い続けろ。おまえにできることはそれしかない」
「でも、たったひとりの女の耳にさえ、俺の声はとどかない」
 怜は自分を嘲けるように、ひきつった笑いを洩らした。
「そんな俺に、歌う資格なんてあるんだろうか」
「資格があるかどうかは、おまえの歌を聞く人が決めることだ」
 柴田は静かに立ち上がり、怜の肩に手を置いた。
「レコーディングのときは、たとえ何があっても駆けつけるからな。俺のギターでおまえの最高の音を引き出してやるよ。……連絡を待ってるぜ」

 南病棟と北病棟のあいだをつなぐ屋根つきの渡り廊下。
 春の雨に塗りこめられた人気のないその空間に、一組の男女が抱き合って立っていた。
 霧島医師と美玖だ。
 しばし呆然とそれを見ていた怜は、本館の非常口からまっすぐに雨の中庭を抜け、渡り廊下に向かった。
 医師はふたことみこと何かをささやくと、彼女のからだをポンと押して、病棟に入らせた。そして怜を待ち受けていたかのように、落ち着いた物腰で振り返った。
「先生、あんたは……」
 長い髪に水滴をちりばめて歩いてくる怜を、霧島は冷ややかな目つきで見返す。
「誤解しないでもらいたい。一時的な虚血で倒れそうになった彼女を抱きとめていただけです」
「嘘をつけ!」
 怜は憎悪をこめて答える。
「少なくとも、美玖の側はそうは思っていない」
「それは前にも説明したはず。擬似的な恋愛感情は……」
「あんたのほうはどうなんだ!」

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