あなたの歌が聞こえる(10)


「このあいだは失礼なことをしました。赦してください」
 肩にギターケースを抱えたまま、怜は深く頭を下げる。
「約束どおり、もう二度とここには来ません。ただ今日だけ……最後に一回だけ、美玖に会わせてください。彼女の前で歌うだけです。どうせ、俺の声は聞こえません。許可していただけますか」
「わかりました、許可しましょう」
「霧島先生。……どうか美玖のことを、これからもよろしくお願いします」
 じっと彼を見据えながら声を震わせてそう言うと、彼はふたたび一礼して、まっすぐに美玖のもとに向かった。
「いちかばちかの賭け、ね」
 霧島が振り向くと、ナースキャップをかぶった女性が意味ありげに微笑んでいた。
「何のことです、婦長? わたしはそんなギャンブルのような治療をした覚えは、一度もありませんよ」
「そうかしら。もし彼がこのまま彼女をあきらめてしまったら、どうなると思うの」
「それなら、彼はそれだけの男だと言うことですよ。治療の邪魔になるだけです」
「なるほど」
 ふたりは一瞬、すべてをわかりあった者同士の視線をからみあわせ、そのまま並んでベンチのほうを見つめた。

「美玖」
 返事はない。彼女はただ前方を見つめて、おだやかな春の日差しの中で座っている。
 正面にひざまずき、ありったけの思いを込めて、彼女を見つめる。
「この一週間、曲を作っていたんだ。解散前はどんなにがんばっても何も作れなかったのに、次々とメロディが頭の中に浮かんできた」
 彼女は何かに聞き入るように小首をかしげた。でも、それは怜のことばにではない。
 たぶん、遠くでさえずる小鳥の声。

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