あなたの歌が

聞こえる

あなたの歌が聞こえる(1)


『美玖(みく)……、美玖』

 誰かに呼ばれたような気がして、振り返る。
 でもそこには、誰もいない。
 遠い昔に聞いたなつかしい声。でもそれがいつだったか、誰の声だったのか思い出すことはできない。
 あきらめて、また歩き始めた。カサカサと地面の枯れ葉を踏みしめる音はなぜかふたり分だ。この林を歩いているのは彼女しかいないのに。
「あ」
 サンダルの先が木の根にひっかかって、前につんのめりそうになった。
 とたんに目に見えない力で体が支えられる。暖かく、優しい何かが彼女を包み込む。
 いったいなぜ……。
 そう問いかけることばが頭をよぎる前に、彼女の目はぼんやりと何かを探し求めるようにあたりを見回した。
「婦長さん」
 病棟から小道を下ってくる女性に手を振った。ピンクのナースキャップをかぶった40歳ほどの魅力的な女性である。
「美玖ちゃん」
「なんだ、婦長さんだったのね。今私をつかまえてくれた人。ありがとうございます」
「え?」
 彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐに得心した様子で、美玖の背後に立っている痩せた青年に向かって微笑んだ。
(手柄を取っちゃって、ごめん)
 そんな困った笑顔で。
 その青年、日下部怜(くさかべれい)は首を振りながら、寂しそうに微笑み返した。

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