あなたの歌が聞こえる(3)


 いつも思い出す光景がある。
 どこかの地方都市の県民ホールの楽屋の裏手。
 押し寄せてくる大勢のファンの中に、美玖がいたのだ。
 2時間のステージのあとで疲れ切っていた。自分たちの人気に酔いしれ、同時にいら立ち、不安だった。
 華やかに着飾った少女たちの中で、ちっとも垢抜けない服装の彼女を見つけたとき、動揺した。
 彼女は昔と何も変わらない。彼のにごった心を見抜くような透き通った美玖の瞳。
 怜は思わず目をそむけた。
 拒絶。
 そのしぐさの意味がわかったのだろう、それ以後、彼女のほうから連絡を絶った。次に彼女と再会したのは、この病院の中だった。
(俺は自分のおかした罪の罰を受けているのだ)
 と思う。彼女を見えないふりをした罰に、美玖は本当に俺のことが見えなくなってしまった。
 できることなら、フィルムを逆回しにするように、あのときに戻ってやり直したい。
「霧島先生。たった数分でいい、美玖と話がしたい。……今までのことをあやまりたいんだ。何とかして、俺のことばを彼女に伝えていただけませんか」
 消え入りそうな声でつぶやく眼の前の若い男を、精神科医はじっと見つめた。
 そして、そばに立っていた看護師に言った。
「白石美玖さんを、呼んできてください」

「霧島先生、こんにちは」
 美玖は部屋に入ってくるとき、無邪気なほどうれしそうな声をあげた。そのあけっぴろげな笑顔は、まるで小学生の少女のよう。
 対する霧島医師も、いつもの冷徹な表情からは想像もつかないほど、おだやかに微笑んでいる。

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