あなたの歌が聞こえる(4)


「気分はどう?」
「はい、今日は頭痛もないし、とてもいいです」
「それはよかった。じゃあ面接を始めるから、その椅子に座って」
 山吹色のニットのセーターの裾を直しながら、彼女は無造作にすとんと腰をしずめる。
「美玖さん、その椅子、さっきまで別の人が座っていたんだよ」
 霧島のことばに、
「あら、そう言えば、ほんのり暖かいわ」
 と、初めて気づいたように答える。
「その人があなたのために、椅子を引いてくれたのに気づきましたか?」
「え、でも私、自分で椅子を引きましたよ」
 不思議そうに問い返す。これが医師の言っていた、記憶の混濁なのだろう。
「それにその人は今も、あなたのかたわらに立っている」
「でもここには、看護婦さん以外誰もいないわ」
「名前は日下部怜。彼はあなたにひとこと話がしたいと言っています」
「……なんですか。それ」
 美玖の表情がにわかに曇り、きょときょとと視線が落ち着かなく動いた。
「日下部くんは、「ブルーカオス」というバンドのボーカルをしていたときにあなたと知り合った」
「先生……、冗談を言ってらっしゃるの?」
「長いあいだ恋人同士だったが、不幸な別れ方をした。それ以来あなたは、彼を見ることができず、その声を聞くこともできない」
「先生。それって……、治療のため? 私に嘘のお話をして、どんな反応をするかを見ているの? そうなの、……そうなんでしょ?」
「そんなつもりはないよ。落ち着いて」
 彼女はいきなり、わっと泣き始めた。
「せん……せい。そんな意地悪しないで……。私、私何でも言うことを聞きますから。おくすりもちゃんとのみますから……。先生にきらわれたら、わたし生きていけないよ。……せんせいだけが、わたしのこと……」

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