銀砂子の夜(2)

 駆けに駆けて、草履の鼻緒も切れた。それでも小夜は歩き続けた。
 おとうとおかあに会いたい。
 おかあのぬくぬくの藁布団に入って、頭をなぜてもらいながら、「ねんねこしゃっしゃりませ」の子守唄を歌ってもらいながら、あんたに会いたかったよ、ほんにあんたを売るのは辛かったよ、と言ってほしい。
 でも、8つの娘の足では、峠越えはきつかった。
 真夜中過ぎて、小夜は石ころだらけの道でうずくまった。
 もう一足だって歩けん。眠りたい。
 そのとき、不思議な声が聞こえた。
 峠道のわきに、森が切れてすすきの原があった。風でさわわと揺れるすすきの中に、ひとりの男が立って、すすきを摘みながら歌っていた。聞いたこともない不思議な節だった。
 男は長い銀色の髪をしていた。落ち武者のように髷をざんばらに落としたのでもない。
 月の光が千条の細き銀糸となり、空から真直ぐ垂れてくる。そんな美しい髪だった。
 女のような白い顔に、白い着物。瞳だけが井戸の底の黒さ。
 その瞳が、小夜に向けられた。
「おまえは誰じゃ」
「……小夜」
 狐かもしれない、と思う。
「なぜ、こんなところにいる」
「おとうとおかあの家があっちにある」
「おおかた、奉公先から逃げてきたのだな」
 愉快がっているような声でもあった。
「家にもどっても、入れてはくれんぞ」
「なぜ? そんなことがわかる?」
「仲買人がおまえを連れ戻しにすぐにやって来る。奉公先から逃げ帰った子どもをかくまえば、前払いでもろうた金子や米俵は、返さねばならぬ」
「……」
「おまえが帰れば、家のものは困り果てるだけじゃ。おまえはすでに、家にいてはいけない人間なのじゃ」
「したら、……したら、あたしはどうすればええの?」
 小夜は頭を抱えて、すすきの中にうずくまる。
「もう、あそこには帰りとうない。ぶたれるのは、もういやや」
「おれと一緒に来るか?」
 男は、水面(みなも)がさざなみを立てるように微笑んだ。

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