銀砂子の夜(3)

「おれと一緒に暮らせば、もう腹のすくことはない。痛みも寒さも感じぬ。年もとらぬ」
 男は、すうっと片手を伸ばして、小夜のおかっぱ頭をなぜた。
 そのとたん、すすきがざわりと生き物のように鳴り出し、あたりは銀の砂子を撒き散らしたように、かすんだ。
「どうじゃ。おれと一緒に来るか」
 小夜は、ぼんやりと男の顔を見上げ、そして足元に目を落とした。
 痛みも寒さもない、お腹のすくこともない世界。そんなところに行けたら、どんなに良いだろう。
 でも、それは二度と戻れぬ遠い世界であることを、小夜は知っていた。
「今は行けん」
 涙をこらえてつぶやく。
「それでもやっぱり、あたしはおとうとおかあに一目会いたい。あんちゃんや妹たちの声を聞きたい。それが全部終わったら、きっとここに戻ってくるから。そしたら、一緒に連れて行って」
「ああ。それでもいい」
「それまで、ここで待っててくれる?」
「ああ、それまで待っていてやるぞ」
 男の銀色の髪がふわりと揺れて、その冷たい唇が小夜の首筋に触れた。
「これは、約束じゃ」
「うん」
 小夜はこわばった足を動かして、もう一度峠の夜道をひた走り始めた。
 ずいぶん行ってから一度振り向いたが、すすきの中にあの男の姿はもうなかった。

 小夜が自分の村に戻ったとき、すでに旅一座からの追手が家の前で待ち構えていた。
 家の前でぼう然と立ちつくすおとうおかあや、泣き顔の兄弟たちの前で、屈強な男たちが彼女の身体を捕まえた。
 どんなに地団駄踏んでも、どんなに泣きわめいても詮無いことで、なつかしい我が家に一歩も足を入れることなく、小夜は奉公先に戻された。

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