銀砂子の夜(4)

 時が過ぎていった。
 明治の御世になり、瀬戸内の島々にも棚田の村々にも、文明開化の波が押し寄せた。
 その余波で旅一座は解散となり、小夜はその役者のひとりと夫婦になった。
 食うや食わずの苦しい暮らしの中で必死に働いて、三人の子どもを育て上げた。
 富国強兵の号令が轟きわたり、戦争の中で、小夜の息子も小夜の末の弟も異国の地に死んでいった。

「ばあちゃん、こんなところで降ろしてええのか」
「ああ、ここで約束しとるから、ええのんや」
 男は首をひねりながら、荷馬車を操り、入日の峠を上っていく。
 小夜は、60年前とまったく変わらぬ、広いすすきの原のまん中に立って待った。
 満月が昇り、杉の木の梢にさしかかる。
 銀粉をまき散らしたような朧の空気に包まれながら、小夜は腕をせいいっぱい伸ばした。
「戻ってきたよ。全部終わったから、約束どおり戻ってきた」
 そうひとりごとを呟くうちに、しわだらけの自分の腕も、しゃがれた自分の声も銀に染まり、いったい自分が8つの子どもなのか80の老婆なのか、小夜自身にもわからなくなっていた。
 さわりとすすきが揺れて、銀色の髪の男がそこに立った。
 小夜の記憶に寸分たがわぬ、あの美しい姿だった。
「もう、一緒に行けるのか」
「うん」
 そう答えて微笑む小夜の手を、男はしっかりと握った。
 目を閉じると、男の両腕に抱きかかえられ、ふわりと身体が地面を離れるのを感じた。

(終)

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